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愛☆まどんな × 山田玲司 白亜制作対談

【アートコミックス『白亜』巻末対談先行公開】

愛☆まどんな (原案・作画 )
×
山田玲司 (原作)

愛☆まどんなの第一印象は
「明るい狂気」

愛 東京の中野で開いた私の個展を玲司先生が観に来てくれたのが、最初の出会いでしたね。

山田 とにかく、第一印象がすごく強烈なインパクトだったんだよね。これは、明るい狂気だ! って。作風は一見すると「80年代リバイバルもの」かなって思うんだけど、そんな陳腐な文脈に収まるタマじゃないことにはすぐ気づきました。こんなにカラッとテロを起こしている若い人を、久しぶりに見たなって。愛ちゃんの絵、ほんとヤバいのに、その狂気がPOPな絵柄に隠されていて、この子いったいなに考えてるんだろうって興味がわいてきて。それで会って話を聴かせてもらったんだよね。

愛 そう、出会って間もないのに、ついついなんでも話しちゃって。それまでほとんど誰にも話してこなかったプライベートや過去のことなんかも聴き出してもらっちゃったんですけど、なんであんなことができるんですか?

山田 一応、俺、話を聴くプロでもあるからね(※対談漫画『絶望に効く薬』などでおよそ千人の話を聴いてきた経験あり)。その経験と照らし合わせてみても、愛ちゃんの話は「これは確実に何かある」と感じさせるものだった。すごい記憶も、甦ってきたじゃない?

愛 ああ、小学校低学年のときの話ですよね。私、そのころからブランコのこと「めっちゃエロいな!」と思っていたんです。女の子とよくふたり乗りをしていて、私が座って漕いでいると、向かい合わせになって立ち漕ぎしている相手の子のおまたが、私の目の前にあってずっと揺れてる! これはスゴい乗りものだと。この思い出は、『白亜』の中にも取り入れてあります。

山田 そういう話を聞いていて思ったんですよ。ああ、この人の漫画を読んでみたいなって。そうしたら……。

愛 もともと私、漫画を描きたかったんです。小さいころから絵はよく描いていたから、自分で漫画をつくることにも憧れていて。でも、あんなにたくさん絵を描かなくちゃいけないなんて無理だって、早々にあきらめていました。

山田 だったら一緒に漫画やろうよ! 俺が描き方教えるから。そう提案してみました。
愛 玲司先生にそう言ってもらえるなら、やれるかも……。いや、やるか! っていう気持ちに、すぐなってしまいました(笑)。

パンツを脱がしたのは
いつだったのか?

山田 じゃあどんな漫画にする? って初めて打ち合せをしたときに出てきたのが、江戸川乱歩だったんだよね。

愛 私、乱歩が好きなんです。あのしんとした雰囲気が良くて、漫画を描くなら絶対乱歩のような作品がつくりたいって。それで盛り上がって、思い浮かんだイメージが、廃墟になったショッピングモールのショーウインドウに、監禁した好きな女の子たちを裸にして並べた様子。たとえばそんなシーンを、描いてみたいなと思いました。

山田 最高じゃない。明るくて可愛い、江戸川乱歩! 乱歩の狂気と勝負する漫画ができると、確信したね。

愛 ただ、私自身は「狂気」と言われても、じつはピンとこないんです。いつもただ、自分の好きなものを描き続けているだけなので。
 『白亜』も同じです。好きなものだけを描きました。だからこれを一冊読むと、私がなんでこういう女の子を描き続けているのか、けっこうよくわかってもらえる気がします。小さいころに好きだった女の子のことを思い出しながら描いたり、自分が暮らしてきた街を写真に撮って背景に用いたりと、自分の実体験をかなり盛り込んでありますしね。主人公のマイなんて、ほぼ私そのものですよ。弱くて、個性がなくて、めんどくさい性格で。

山田 これまでの絵画作品でもそうだったけど、『白亜』でもやっぱり少女しか描いていない。そのあたりは徹底しているよね。

愛 徹底しているというか、私は少女しか描きたくないです。特に男性は、一切描けないんですよ。もう拒否反応がおきてしまって、ムリ。やっぱり女の子の、あのやわらかい線が大好きで、それを描くのがやめられない。
 私ほんと、女性の腰回りを描くのが生きがいなんです。ただそれだけがあればいいかなって。

山田 胸はどうなの?

愛 うーん、私、なぜかおっぱいにはまったく興味ないんですよね。おっぱいは「果物かな?」くらいの感じです。

山田 へえ、そうなんだ。腰回りといえば、ずっと前の作品では女の子にパンツをはかせていたじゃない? いつごろから彼女たちのパンツを脱がせることになったの?

愛 いつだったかなあ……。そもそも女の子を描き始めたのは高校時代なんですよね。美術系の学校に行っていたから、卒業制作があって。作業がつらいのを紛らすつもりで、女の子の絵を描いて応援団みたいなかんじにして、「がんばれ愛ちゃん!」って自分の机の前にいっぱい貼ってた。それが女の子を描くきっかけでした。
 高校卒業後、会田誠さんが講師をしていた美学校に通っていたときも、女の子はぜんぜん描いていなかった。封印していたんですよ。これは自分のためだけのものだと思っていたので。それで動物キャラクターのフィギュアとかをつくっていました。

山田 今の愛ちゃんからは、あんまり想像できないね。

愛 会田クラスの卒業制作展として、群馬県立近代美術館で『駄作の中にだけ俺がいるオーケストラ』というのをやったんですが、泊まり込みの滞在制作だったので、やっぱり佳境に入ってくると現場がみんな疲れてきちゃって。そこでまた「がんばれ愛ちゃん!」の落書きをこっそり描いていたら、会田さんや同じ生徒だったChim↑ Pomの卯城くんに見つかって、「これはヤバい!!!」って騒ぎになって(笑)。
 ほんと自分のためのもので恥ずかしいから、私は人には見せたくなかったんですけど、会田さんは「なんでいままでこれを描かなかったの? 恥ずかしいものこそ人は見たいし、いいんだよ」って言ってくれて。

山田 まさに、アートの本質だね。

愛 そうなのかあ、じゃあ恥ずかしいけど描いてみようかなって、 それから女の子の絵を、描いて描いて描きまくりました。ミヅマアートギャラリーで初めての展示までさせてもらうことになって。ほんと、美学校で見つかってしまったことが、今の作家活動を始めるきっかけになりました。

山田 へえ、おもしろいね。

何も身につけていない女性の腰回りが
世界でいちばん美しい

愛 今回の『白亜』の内容も、正直にいえば恥ずかしいし誰にも見せたくないんですよ。私のリアルな思いや実体験がそのまま出ていますから。玲司先生の誘導で、ついまんまと描いてしまったんですが(笑)。
 さっきのブランコの話もそうだし、友だちの女の子のパンツを脱がして、足を広げて見せ合いっこする描写なんかは、自分が小学1年生くらいのときにしていたリアルな体験です。そういうの、誰にも話さないつもりだったのに……。
 でも、自分を応援してくれる女の子を描いていたときと同じ気持ちで、『白亜』は描いていくことができましたね。みんなに読んでほしいんだけど、誰にも読まれたくないような、複雑な気分です。

山田 で、パンツはいつ脱がしたんだっけ(笑)?

愛 あ、そうでした(笑)。うーん、いつ、なんで脱がしたんだったかな。私が描くのは小学校低学年くらいの子が多いんですけど、私自身、そのころが女性のからだにいちばん興味があった時代でした。たぶんその頃って、誰でも男の子を好きになるか女の子を好きになるかの瀬戸際の時期で、やっぱり私は女の子が純粋に好きだった。その気持ちが今もずっと残っているから、こういった作品を描き続けられるところはあるんでしょうね。少女のときのあの気持ちが、いまだに忘れられないんですよ。

山田 愛ちゃんは、純潔だよね。

愛 私は基本的に、何も身につけていない女性の腰回りが、世界でいちばん美しいと思っています。いつもそのままの姿を描きたいのですが、状況的に何もはいていない絵を展示してはまずいかなというときには、パンツをはかせていますね。

山田 なるほど、パンツをはかせるのは愛ちゃんじゃなくて、まわりの「社会」なんだね。

愛 私は単純に「ねえ、きれいでしょ? 見て見て!」って感じで描いているだけ。卑猥さや下品なものは私も大嫌いです。でも、裸の少女たちというのはべつに下品じゃないし、美しくて品があるもの。だからずっと描いているんです。
 私の作品って、子どもたちにはすごくウケがいいんですよ。わあ可愛い、わあきれいーって、みんな寄って来てくれる。でもそこでたいてい親がストップをかけるんですが(苦笑)。
 私はいつでも、子どもの気持ちに寄り添っていたいですね。私自身が彼ら彼女らと同じ気持ちで、純粋に可愛いと思ったもの、美しいと感じたものを描いているだけだから。

漫画としてのアート
アートとしての漫画

山田 それにしても、この漫画のために原宿のカフェで何十回打ち合せしたかわからないよね。

愛 ほんと、そうですね。まずは私が玲司先生にあれこれ訊ねてもらって、自分の中にある体験や欲望を吐き出していく。それをもとにして、導かれながら物語の全体像を「話す」わけです。主人公がいて、ヒロインや他の登場人物がいて、何が起こり、最後はどうなるのか。

山田 それを徐々に、ふたりでより具体的な物語にしていった。全体を9話に設定し、各話でどんな物語が進行するかまでをざっくり話し合って決めていき、愛ちゃんが一話ずつ、ストーリーラインを文章で書く。「タラコが学校に来ない」とか、「タラコは猫と土管で暮らしている」「マイ、キレる」とかって(笑)。

愛 最初は箇条書きのレベルですけどね。私はマイの視点に立って、その心の動きを丹念に探っていきました。

山田 そうそう、マイは愛ちゃんそのものだからね。あとマイは、魚卵がなんでものっかるお米のイメージ(米=マイ)っていうのも、すごくいいよね。
 そうしたら今度は、俺の出番。ストーリーを見ながら、それを「漫画」にしていった。専門用語でいえば、ネーム(※鉛筆での下書き)作りだね。

愛 自分の書いた物語が漫画になっていくのは、まるで玲司先生の魔法を見ているようで、貴重な経験でした。

山田 ありがとね。そのネームを見ながらまたカフェで何回も打ち合せをし、4、5回描き直して、これでOKという最終版のネームを作る。そこからはまた愛ちゃんにバトンタッチして、いよいよ作画をしていったわけだよね。ネームをなぞりながら描いていくけれど、やりながら愛ちゃんのインスピレーションによって大胆に絵やコマ割りやセリフが描き換えられたりもしていった。そこがまた、化学反応みたいで、めちゃくちゃ面白かった。

愛 でも、こういうやり方なので、手間と時間は本当にかかりましたね。

山田 なんだかんだいって、3年かかったよね。「原案・作画:愛☆まどんな 原作:山田玲司」ってなってるけど、要はこういうこと。クレジット上は原案、原作、作画を分担したという書き方だけれど、ほんとはそんなの明確には分けられないね。
愛 もっとふたりの思いが、混じり合ってできあがったものだという気がします。

山田 そうだね。ただ、共著という意味では、俺は愛ちゃんとは別に、自分自身の戦いとしてこれをやっているところがある。テンプレートに嵌め込まれすぎている今の漫画に限界というか、閉塞感を強く抱いていて、それを打破したいと思ってるんだよ。
 『白亜』みたいに、あえてストーリーをはっきりさせず、何かの解決に向かうわけでもない、余白だらけの漫画なんて、今どきあまりないからね。しかも一冊で完結なんて。でも、昔の漫画の世界にはそういう作品も平気で存在できていたはずだし、もっと幅広くて寛容だった。エロもグロもナンセンスも、王道も実験作も共存していた。俺の大好きな漫画は、もっと豊かだったはずじゃないか! という怒りが、最近ずっとくすぶっていて。
愛 打ち合せのときも、玲司先生、よく言ってましたね。

山田 読者に望まれた答えをきっちり出すのがエンタテインメントだとしたら、望まれない答えにまで行き着いてしまって、それをドンと提示してしまうのが、アート。この『白亜』は、俺は「アートとしての漫画」だと思う。エンタテインメントの枠に収まりすぎている今の漫画に対する、ひとつの問いかけの意味合いも含まれていると感じ取ってくれたらいいな。
 そういう思いがあるから、本のかたちとしても、文字通りアートをそのまま取り込んである。愛ちゃんがキャンバスに描いた何十枚ものアート作品を漫画の1ページにして、あちらこちらに配してあるのは、この本自体がアートでもあるからなんだよ。

私がライブペインティングを
やり続ける理由

愛 いま言っていただいたように、今回は漫画を描くのと並行して、『白亜』を絵画としても描いていきました。なので、本の発売に合わせて展示もやります。

山田 いやあ、白亜展はすごいことになるだろうね。マイやカズノら登場人物たちがキャンバスに描かれているのを生で観ると、また違った感情が湧き起こってくるに違いない。印刷されると小さく感じるけど、実際のキャンバスのサイズは、すっごい大きいものもあるしね。圧倒されるはず。この漫画が、誰かにとってアートに興味を持つ第一歩になったら、すごくいいな。

愛 それは私も願っています。だいぶ身近に寄ってきた気がしても、まだまだアートは敷居が高いイメージが強いし、閉鎖的だなって。もっとも、アートとは本来そういうものなのかもしれないけど、私はあんまりそこに興味が持てなくて、画廊オンリーの発信に自分の表現は向いてないと感じて、悶々としていました。だからストリートに出て絵を描いて、とにかくたくさんの人の目に映りたいと思ったんです。

山田 秋葉原の路上でライブペインティングすることから、アーティスト活動を始めたんだよね。

愛 これからも私はライブペインティングを、なるべくいろんな場所で続けていきたいと思っています。良くも悪くも、見てもらうこと、知ってもらうことがスタートだと思ってるから。私の絵って、コレクターさんだけじゃなくて、サラリーマンの方や学生さんとかも大勢買ってくれているんですが、これって実はけっこうすごいことなんじゃないかなって思っていて。倉庫に保管するんじゃなくて、ちゃんと部屋に飾って、毎日愛でてくれているんです!

山田 それは、ものすごく価値のあることだと思うよ。自慢してもいい。アートって、その時々の自分を目覚めさせてくれるものでもあるからね。魂の次元で。

愛 それに、私の作品をプリントしたグッズを身につけてくれたりもして、音楽や漫画みたいに、生活の身近なところに寄り添えることが、すごく嬉しいなって思っています。

ふたりの純粋な創作欲求が
閉じ込めてある

山田 最後にどうしても聞きたかったんだけど、愛ちゃんってずっと二次元の女の子の絵を描いてるじゃない。現実世界の女の子には、興味あるの?

愛 それはないんですよね。だって生身の女の子はどんどん成長してしまって、すぐに純粋じゃなくなるじゃないですか。私は小学校低学年くらいの女の子がいちばん好きで、そこから成長してしまうともうあまり関心が向かないんです。
 だから、好きな子にはできれば自我なんて芽生えないでほしいし、しゃべったりもしてほしくない。人形みたいにしていてくれたら触りたくなるけど、現実の女の子はそんなふうにいてくれるわけもないし。自我が芽生えて「あれがやだ、これがやだ」とか言われて、ああこいつ性格めんどくさいなあ……ってなったら、女の子のこと自体が嫌いになっちゃうかもしれない。それは絶対、避けたいんですよ。実際、自分もめんどくさい感じですしね。
 でも二次元の絵なら、自分ですべてコントロールできるし、人形だったら何も話さないでいてくれる。私はそういうのがいいし、子どものころにリカちゃん人形をすごくたくさん集めていたりしたのも、そういう好みの表れだったんでしょうね。「閉じ込めておきたい」という気持ちが、自分のなかにはずっとあります。
 そういう自分の根底にある欲望が、この『白亜』にはすごくはっきり刻まれているんじゃないかな。

山田 ということは、この本には、ふたりの純粋な創作欲求が、凝縮して閉じ込められているわけだ。きっと読者には、不思議な体験をしてもらえるんじゃないかと思うな。激情が渦巻いているのはどのページの端々からもヒシヒシと感じられるのだけれど、そこに描かれているのは静謐なしんとした世界で……。

愛 『白亜』を読んでよりディープに、「愛☆まどんな」を覗いてみてください。特に新しい目標としては、海外での展開があります。この漫画が翻訳されて、日本語のニュアンスがもっと世界にも通じたらいいなって。私は、絵のタイトルやドローイングに書き添えるコピーもすごく大切にしていて、絵と言葉のニュアンスが合わさってひとつの作品になると思っています。まだまだ海外からは、単純に「これってアニメ?漫画?」「可愛い!」「萌えだねー」みたいな理解しか得られていないんですが、この『白亜』を通じて、もっとその奥にある作品に込めた気持ちや感情までも感じとってもらえたら、嬉しいですね。
(了)